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参院単独過半数、必ず実現=民主の10年度活動方針案(時事通信)

 民主党の2010年度活動方針案が24日、明らかになった。来年を「国民が政権交代の果実を実感できる年」と位置付け、政策実行に必要な環境整備を図ることを強調。夏の参院選について「民主党単独の過半数議席獲得を必ず実現すべく、党本部・都道府県連・各総支部・(国会と地方の)各級議員が一丸となって最大限の取り組みを展開する」と組織の総力を挙げて臨むことを宣言しているのが特徴だ。来年1月16日の党大会で採択する。
 活動方針案は、「社民党、国民新党との連携の下」、1月召集の通常国会で10年度予算案や衆院選マニフェスト(政権公約)に掲げた政策の実現に必要な法案の成立に全力を挙げる立場を強調。さらに、政治主導を実現するための国会法改正にも「全力を尽くす」と明記した。
 また、参院選に勝利し、衆参両院での単独過半数を足場に「マニフェスト関連の法案等を確実に成立させる道筋をつくる」とした。 

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<水俣病>対象地域外でも救済 一時金の額明示せず…環境省(毎日新聞)

 環境省は25日、水俣病救済特別措置法に基づく救済措置の方針案を発表した。今後、方針で定める救済対象地域に住んでいなくても、「汚染された魚介類を多食した」と認められれば救済対象とすることを明記した。会見で田島一成副環境相は「沿岸の魚介類を食べたというのであれば(指定)地域であろうとなかろうと救っていきたい」と述べた。

 焦点の一時金については、国などを相手取って裁判を続けている患者団体などと協議を続けており、具体的な金額は示さなかった。 有機水銀の排出が止まった時期などから、熊本、鹿児島両県で69年以降、新潟県では66年以降に生まれた人を救済対象から外してきた措置は今回の方針案でも維持された。ただし、これらの年代の被害者についても「メチル水銀が人の健康に与える影響を把握するための調査研究に向けた手法開発を進める」と今後の救済に含みを残した。

 対象者の判定では、公的診断で救済対象の症状が認められなくても家族に認定患者がいるなどのケースでは再検診を認める案を示した。

 田島副環境相は27、28の両日に熊本県水俣市を訪れ、患者団体から意見を聞いた上で具体的な救済措置の方針を決定する。また、来年5月1日の水俣病慰霊式までに申請手続きが始められるようにする意向を示した。【足立旬子、下桐実雅子】

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交通事故 7台が多重衝突、男性8人けが 京都・名神高速(毎日新聞)

 26日午前6時15分ごろ、京都府向日市の名神高速道路上り線大山崎-京都南インターチェンジ(IC)間で、小型トラックなど7台が関係する多重事故があり、兵庫県などの30~60代の男性8人が軽傷を負った。この事故で現場付近は最大約3キロ渋滞した。

 府警高速隊によると、現場は大山崎ICの北約4キロ。雨でぬれた路面で小型トラックがスリップして中央分離帯に衝突。それをよけようとした後続の乗用車に別のトラックが追突するなどした。先頭のトラックがハンドル操作を誤ったとみて調べている。【望月亮一】

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「震災1・17のつどい」に向けろうそく作りがピークに(産経新聞)

「震災1・17のつどい」に向けろうそく作りがピークに(産経新聞)

 来年1月17日に神戸市で開かれる「阪神淡路大震災1・17のつどい」で、犠牲者追悼のためにともされる約10万個のろうそく作りが佳境を迎えている。神戸市灘区の摩耶埠頭公園では、17日も市民団体「神戸・市民交流会」のメンバーや学生ボランティアらが作業に取り組んだ。

 不要になったろうそくを再利用し、クレヨンで赤や緑に色づけして溶かしたろうを、半球状のプラスチックケースに流し込み固める作業で、学生らも慣れた手つきでろうをケースに流し込んでいた。

 神戸・市民交流会の中島正義代表(71)は「震災を知らない市民の方が増えてきている。灯火を見て『震災を忘れないでいよう』と感じてほしい」と話していた。

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<住職の娘>寺に放火し逮捕(毎日新聞)

<住職の娘>寺に放火し逮捕(毎日新聞)

 天竜署は13日、無人の寺に放火して全焼させたとして浜松市東区神立町、無職、渥美設子容疑者(62)を非現住建造物等放火容疑で逮捕した。

 逮捕容疑は13日午前3時~同4時半ごろ、同市天竜区春野町豊岡の「戒光院(かいこういん)」にライターで火をつけ、本堂や庫裏、道場など計約1200平方メートルを全焼させたとしている。けが人はいなかった。

 同署によると、消火活動をしていた人が、近くにうずくまっている渥美容疑者を見つけ、同署員が事情を聴いたところ、容疑を認めたという。

 同署の調べでは、渥美容疑者は約3年前に亡くなった住職の長女。渥美容疑者は「父が亡くなってショックを受けた。新しい住職が決まらなくて悩んでいた」などと供述しているという。【松久英子】

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「国民や天皇を恫喝している」政府・小沢氏の対応に批判相次ぐ(産経新聞)

「国民や天皇を恫喝している」政府・小沢氏の対応に批判相次ぐ(産経新聞)

 天皇陛下と中国の習近平国家副主席の特例会見問題について、この問題を報じるイザ!の記事に、多くのブロガーからコメントが寄せられている。大半は、特例の会見を行った政府・与党の対応を批判するもので、宮内庁の対応を強い口調で批判した民主党の小沢一郎幹事長には「国民や天皇を恫喝しているよう」などと、批判が相次いだ。

 小沢氏が特例に難色を示した羽毛田信吾・宮内庁長官を批判して「内閣の一部局の一役人が内閣の方針についてどうこう言うなら、辞表を提出してから言うべきだ」と語った記事には、「内閣の方針が完全に間違っているのだから(中略)仕方がないだろ?」という意見や、「恫喝会見は非常に不快です。(中略)観ている国民や天皇を恫喝しているような気さえしました」と小沢氏批判が集中。

 さらに、小沢氏の前にはすっかり影の薄い鳩山内閣には「何で首相になんかなったのだ。そんなひ弱では国民全員が迷惑する」「鳩山首相と岡田外相はどこへ行ったのでしょう。永田町小学校の遠足部隊が、こんな大事な実務外交をやってていいのでしょうか」と小沢氏の“豪腕”に振り回されるように見える姿に批判が寄せられた。

 小沢氏に批判された羽毛田長官については、「辞める必要なんてさらさらありません。政治に口を出すなと言われるなら、皇室事情を無視して利用する人は口を出すな。と言ってやって十分かと」「発言と心意気やよし。横暴で独裁者丸出しの小沢に負ける必要なし」と擁護する声が寄せられた。

 中には「自分達の復権を図ろうと官僚たちと自民党がつるんで大騒ぎ、こいつらこそ天皇陛下を政治利用している」と、「政治家対官僚」の図式で宮内庁を批判する意見もあった。

 書き込みには、皇室と外交について「陛下の会見は(中略)どんな小国の元首でもどんな遠国の元首でも、平等に会見される事に意味があるのです」と皇室のこれまでのあり方を挙げて、外交上の重要性を理由に特例会見を実現させた政府の行動に疑問を投げかけるものもあった。

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カール・グスタフ・ユング

若き日のカール・ユングカール・グスタフ・ユング(Carl Gustav Jung、1875年7月26日 - 1961年6月6日)は、スイスの精神科医・心理学者。深層心理について研究し、分析心理学(通称・ユング心理学)の理論を創始した。スイス、ボーデン湖畔のケスヴィルでプロテスタント牧師の家に生まれる。少年期は己の内面に深い注意が向けられ、善と悪、神と人間についての思索に没頭し,学生時代はゲーテ、カントやニーチェの著作に感銘を受けた[1]。内的な基盤を持たない形式的な信仰というものに疑問を感じ、牧師という職を継ぐことを特には望まず、かわって生理学的な知識欲を満たしてくれる医学や、歴史学的な知識欲を満たしてくれる考古学に興味を抱き、友人と活発に議論を交わし、やがて人間の心理と科学の接点としての心理学に道を定めた。精神疾患の人々の治療にあたるとともに疾患の研究もすすめ、特に当時不治の病とされた分裂病(統合失調症)の解明と治療に一定の光明をもたらした。ヒステリー患者の治療と無意識の解明に力を注いでいたフロイトと一時親しく意見を交わした。1948年に共同研究者や後継者たちとともに、スイス・チューリッヒにユング研究所を設立し、ユング派臨床心理学の基礎と伝統を確立した。またアスコナで開催されたエラノス会議において、主導的役割を演じることで、深層心理学・神話学・宗教学・哲学など多様な分野の専門家・思想家の学際的交流と研究の場を拓いた。概説精神科医であったユングは、当時の精神医学ではほとんど治癒できなかった各種の精神疾患に対する療法の確立を目指し、ピエール・ジャネやウィリアム・ジェームズらの理論を元にした心理理論を模索していた。フロイトの精神分析学の理論に自説との共通点を見出したユングはフロイトに接近し、一時期は蜜月状態となるが、徐々に方向性の違いから距離を置くようになる。ユングがそのキャリアの前半において発表した「連想実験」は、フロイトの「自由連想」法を応用して、言葉の錯誤と応答時間のズレ等を計測し、無意識のコンプレックスの存在を客観的な形にしたということで、科学的な価値を持ち、フロイトもそのために初めは喜んでユングを迎え入れた。両者の初めての邂逅において交わされた対談は10時間を超し、以後両者は互いに親しく手紙で近況や抱負、意見を伝えあった。 しかし、数年の交流のうちに、両者の志向性の違いが次第に浮き彫りになってきた。フロイトは無神論を支持したが、ユングは神の存在に関する判断には保留を設けた。またユングはフロイトとアドラーの心理学を比較、・吟味し、両者の心理学は双方の心性の反映であるとし、外的な対象を必要とする「性」を掲げるフロイトは「外向的」、自身に関心が集中する「権力」に言及するアドラーは「内向的」であるといった考察をし、別の視点からの判断を考慮に入れた。 ユングは歴史や宗教にも関心を向けるようになり、やがてフロイトが「リビドー」を全て「性」に還元することに異議を唱え、はるかに広大な意味をもつものとして「リビドー」を再定義し、ついに決別することとなった。[2]ユングは後に、フロイトの言う「無意識」は個人の意識に抑圧された内容の「ごみ捨て場」のようなものであるが、自分の言う無意識とは「人類の歴史が眠る宝庫」のようなものである、と例えている。ユングの患者であった精神疾患者らの語るイメージに不思議と共通点があること、また、それらは、世界各地の神話・伝承とも一致する点が多いことを見出したユングは、人間の無意識の奧底には人類共通の素地(集合的無意識)が存在すると考え、この共通するイメージを想起させる力動を「元型」と名付けた。また、晩年、物理学者のウォルフガング・パウリとともに共時性(シンクロニシティー=意味のある偶然の一致)の概念を提起した。ユング心理学の特徴詳細は「分析心理学」を参照ユング心理学(分析心理学)は個人の意識、無意識の分析をする点ではフロイトの精神分析学と共通しているが、個人的な無意識にとどまらず、個人を超える集合的無意識(普遍的無意識)の分析へと段階を移し、能動的想像法も取り入れられる。能動的想像法とは、自発的な心的構えを準備して待ち、イメージが表れるのを促すものであり、思考よりもイメージ化を得意とする芸術家等に勧められた。ユング心理学は、他派よりも心理臨床において夢分析を重視している。夢は集合的無意識としての「元型イメージが日常的に表出している唯一の現象」でもあり、また個人的無意識の発露でもあるとされる。夢の分析はフロイトが既に重視していたことであった。しかしユング心理学の夢解釈がフロイトの精神分析と異なる点は、無意識を一方的に杓子定規で解釈するのではなく、クライアントとセラピストが対等な立場で夢について話し合い、その多義的な意味・目的を考えることによって、クライアントの心の中で巻き起こっていることを治癒的に生かそうとする点にある。ユングはフロイトとの決別以後、しばらく方針を探しあぐねていたが、それでも治療を続け、徐々に、クライアントが無意識の流れに沿って語るに任せること自体が、治療的な意味をもつのだと見いだすに至った。また、彼が以前から抱いていた、古代への学問的好奇心に端を発した神学的な知識も、応用された。ただ、彼は人生の方向を決めるのは自分ではなく、クライアントであるとし、クライアントの無意識的諸力の創造性を信頼した。ユングは、東洋哲学からも影響を受けている。特に、任地の中国で東洋哲学の影響を受けたキリスト教宣教師リヒャルト・ヴィルヘルムに出会い、その影響を深めた。 実際、ヴィルヘルムとの共著には、中国仏教に関して次のような記述もみられる。「私の患者には、一人の中国人もいなかったのですが、彼らの心的発展を研究して得たものは、何千年来東洋の最もすぐれた精神の持ち主たちが苦労して切り開いた教えと実によく対応していました。」また、日本のユング心理学はその心理臨床において箱庭療法を積極的に取り入れたことでも知られている。ユング心理学は芸術的・宗教的色彩の濃い題材に切り込んでいったため、分析的・科学的でないと評価される事も多いニューエイジ運動に影響を与えたが、これらの運動のなかには、ユングの考案した概念や用語を流用しているものの、ユングの理論とは異なる自己解釈を展開している事例もよく見られる。ユングは宗教に心理学的な考察を加えたが、あくまで個人の内的な経験という側面における価値を認めるというものだった。彼は宗教組織のドグマや集団化には強い懸念を表明している。ドグマは個人の内的体験から注意を背けてしまうきらいがあり、また集団化はル・ボンの群衆心理に照らし合わせてみても、むしろ個々の道徳的水準を低下させるものだとした。一方で彼は宗教を考察の対象から外すことにも疑問を呈した。彼は諸々の宗教の中に、無意識の象徴的表現をしばしば見いだした。ナチズムや反ユダヤ主義の勃興に対する姿勢ナチスが政権を取った1933年、ドイツ精神療法学会が改編されることになりヒトラーに反対したユダヤ人のエルンスト・クレッチマーがその会長を辞任。新たに設立された国際精神療法学会の会長にユングが就任した[3]これをもって、ユングはナチスに加担してクレッチマーを追い落としたと一部に言われた。 後にユングは精神療法という学問分野を守りたかったので非ユダヤ人である自分が会長職を引き受けたと述べている。 彼は実際、ナチスからの影響を逃れるために国際精神療法学会の本部をスイスのチューリッヒに移し、ドイツ国内で身分を剥奪されたユダヤ人医師を国際学会で受け入れ、学会誌にユダヤ人学者の論文が掲載されるように図ってもいる。けれども、ナチスが国際精神療法学会に干渉してナチスへの忠誠を誓うマニフェストが学会誌に掲載されたために会長のユングは激しく非難された。ユングはこの非難に対しては即座に反論したものの、今日に至るまでユングとナチズムとを関係づけ、非難する意見は存在する。しかし、ユングはユダヤ系の師フロイトにも支援の意図について打診[4]しており、長年にわたってユングの秘書を務めたユダヤ人アニエラ・ヤッフェによれば、「ナチスへの対応には甘いところがあった」が、ユングはナチスの反ユダヤ人政策には明確に反対しており、ユダヤ人のドイツ脱出支援活動にも関与していたようである。[5]また、ユングが戦前において、人々の群衆心理への傾倒、及びそれに伴う暴力性の発現に対して警鐘を鳴らしていた記録[6]や、ヒトラーに関連した事象がもたらす危険性について警告していた記録[7]も残っている。ユングと超心理学ユングはその学位論文『いわゆるオカルト的現象の心理と病理』において、従妹ヘレーネ・プライスヴェルクを「霊媒」として開かれた「交霊会」を扱ったこと(ただしこの論文では神秘的要因ではなく精神の病理的状態に帰されている)、また錬金術や占星術、中国の易などに深くコミットしたことにより、オカルト主義的な傾向を見て取られ、また新異教主義的な人々からその預言者とみなされる傾向がある。これにはおそらく母方のプライスヴェルク家が霊能者の家系として著名だった出自も影響していると思われる。また「集合的無意識」や「元型」などの一般の生物学の知見とは相容れない概念を提起することによって、20世紀の科学から離脱して19世紀の自然哲学に逆戻りしてしまったという批判がある。[8]。またフロイトもユングとまだ訣別する前に、「オカルティズム」を拒絶するよう強く求めた[9]。一方で、ユング自身は、夢に見られる元型に関して、遺伝に関連づけて言及していたくだりがある(『分析心理学』)。無意識に蓄えられている遺伝情報は莫大であり、人の心性がそれを基礎にしているからには、その生み出すものも、その起源をはるか過去に遡ることができるとする解釈も可能であり、遺伝情報内の大量の経験データの中には、人に平均して訪れる体験の体系も含まれていると考えた場合、元型の普遍性も説明できるであろう。また、そうした無意識内容を生み出す傾向、というユングの説明の付与は、人間が普遍的な基盤に立脚しながらも、決して固定された構造ではなく(これが生物学的な本能にしばられた動物と違う点である)、変化の可能性を秘めていることを示唆している。無意識と意識の調停作業はユングの言う「個体化」に結実する。ただし19世紀末から20世紀初頭の状況は、一方では精神医学を極めて機能主義的に捉えることのみが科学的であり「心の治癒」といったものを語ることは出来ないという流れがあった一方で、アカデミズム以外でオカルティズムの大流行があったのみならず、ウィリアム・ジェームズのような学者も心霊主義の実験に乗り出すなど、心の問題に関するアプローチは現在以上に定まらないところもあった[10]。こうした問題に関してユングに批判的であったフロイトも、そもそも性理論を打ち立てるのはオカルトの「黒い奔流」に対する「堅固な城塞」を築かねばならないからだという動機を口にしており[11]、こうした問題に必ずしも安定した姿勢で臨んだばかりいたわけではなかった。またユング自身はきわめて厳格に学問的な方法論を意識して研究を進めていたという主張もあり[12]、こうした点について決定的な評価を下すことはまだ難しいといえる。著作ユングの著作は、『ユング全集』にほぼ全ての重要な論文(単行本を含む)が網羅されている。全二十巻の構成となっている。ドイツにおいて、『 Gesammelte Werke von C. G. Jung 』 (Walter Verlag) として出版されている(「GW」 と略する)。英語版は、ユングの監修の元に翻訳が行われている(『 The Collected Works of C. G. Jung 』)。代表的な著作としては、以下のものがある。『転換のシンボル』 Symbole der Wandlung, 1912, +1950, GW Bd.5.『心理学的類型』 Psychologische Typen, 1921/1950, GW Bd.6.『心理学と宗教』 Psychologie und Religion, 1940/1962 (GW Bd.11).『アイオーン』 Aion, 1950, GW Bd.5-2.『心理学と錬金術』 Psychologie und Alchemie, 1944/1952, GW Bd.12.『ヨブへの答え』 Antworf auf Hiob, 1952/1967 (GW Bd.11).『結合の神秘』 Mysterium Coniunctionis, 1955/1956 GW Bd.14.脚注^ 後の心理学者としての著作に、ゲーテの「ファウスト」やニーチェの「ツァラトゥストラはかく語りき」への言及も多くみられる。^ ユング著「リビドーの変容と象徴」(1912)にフロイトは難色を示したが、ユングは学問的な視野の拡大化をはかる意味合いを著書に持たせていた。^ エレンベルガー、1980年、下、308頁。^ ただし、これに関してはフロイトに「敵の援助を受けることは出来ない」と拒まれている。^ 以上の記述は、河合隼雄『ユングの生涯』第三文明社レグルス文庫100、1978年、pp.52-56に基づく。ヤッフェの評論については平田武靖「ユンク心理学の系譜 -ユンク・ナチス・ユダヤ人-」、『is No.1』ポーラ文化研究所、1978年で紹介されている。^ C.Gユング『自我と無意識の関係』、人文書院、p.51,52以下。原文は1928年発表された。^ C.G.ユング『ヴォータン』、1936。 ヒトラーに関して、扇動される群衆および扇動者自身の熱狂を指摘し、事態の危険性をユングは警告している。^ リチャード・ノル 1998:201-2,382-3,415-7頁^ 『ユング自伝』1、みすず書房、1972年、p.127。^ 上山1989:483,488-491頁。^ 『ユング自伝』。^ 林道義『ユング思想の真髄』朝日新聞社、1998年。参考文献C.G.Jung , R.F.C.Hull(trans.),'Symbols of Transformation',Princeton/Bollingen PaperbacksISBN 0-691-01815-4C.Gユング『自我と無意識の関係』野田  あきら訳、人文書院、1982年。ISBN 4-409-33010-1C.Gユング『現在と未来』松代洋一編訳、平凡社、1996年。ISBN 4-582-76171-2上山安敏『フロイトとユング - 精神分析運動とヨーロッパ知識社会』岩波書店、1989年。アンリ・フレデリック・エレンベルガー、『無意識の発見: 力動精神医学発達史』木村敏・中井久夫訳、弘文堂、1980年。小俣和一郎 『精神医学とナチズム―裁かれるユング、ハイデガー』講談社/講談社現代新書,1997年,ISBN 4061493639リチャード・ノル『ユング・カルト』月森左知・高田有現訳、新評論、1998年。リチャード・ノル『ユングという名の<神>』老松克博訳、新曜社、1999年関連項目ウィキメディア・コモンズには、カール・グスタフ・ユングに関連するマルチメディアがあります。分析心理学集合的無意識元型-アニマコンプレックスシンクロニシティ精神分析-ジークムント・フロイトヘルマン・ヘッセ河合隼雄林道義秋山さと子湯浅泰雄ローレンス・ヴァン・デル・ポスト 「http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%B0%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%95%E3%83%BB%E3%83%A6%E3%83%B3%E3%82%B0」より作成カテゴリ: 分析心理学 | スイスの医学者 | スイスの心理学者 | 精神科医 | 心理学者 | 1875年生 | 1961年没 若き日のカール・ユングカール・グスタフ・ユング(Carl Gustav Jung、1875年7月26日 - 1961年6月6日)は、スイスの精神科医・心理学者。深層心理について研究し、分析心理学(通称・ユング心理学)の理論を創始した。スイス、ボーデン湖畔のケスヴィルでプロテスタント牧師の家に生まれる。少年期は己の内面に深い注意が向けられ、善と悪、神と人間についての思索に没頭し,学生時代はゲーテ、カントやニーチェの著作に感銘を受けた[1]。内的な基盤を持たない形式的な信仰というものに疑問を感じ、牧師という職を継ぐことを特には望まず、かわって生理学的な知識欲を満たしてくれる医学や、歴史学的な知識欲を満たしてくれる考古学に興味を抱き、友人と活発に議論を交わし、やがて人間の心理と科学の接点としての心理学に道を定めた。精神疾患の人々の治療にあたるとともに疾患の研究もすすめ、特に当時不治の病とされた分裂病(統合失調症)の解明と治療に一定の光明をもたらした。ヒステリー患者の治療と無意識の解明に力を注いでいたフロイトと一時親しく意見を交わした。1948年に共同研究者や後継者たちとともに、スイス・チューリッヒにユング研究所を設立し、ユング派臨床心理学の基礎と伝統を確立した。またアスコナで開催されたエラノス会議において、主導的役割を演じることで、深層心理学・神話学・宗教学・哲学など多様な分野の専門家・思想家の学際的交流と研究の場を拓いた。概説精神科医であったユングは、当時の精神医学ではほとんど治癒できなかった各種の精神疾患に対する療法の確立を目指し、ピエール・ジャネやウィリアム・ジェームズらの理論を元にした心理理論を模索していた。フロイトの精神分析学の理論に自説との共通点を見出したユングはフロイトに接近し、一時期は蜜月状態となるが、徐々に方向性の違いから距離を置くようになる。ユングがそのキャリアの前半において発表した「連想実験」は、フロイトの「自由連想」法を応用して、言葉の錯誤と応答時間のズレ等を計測し、無意識のコンプレックスの存在を客観的な形にしたということで、科学的な価値を持ち、フロイトもそのために初めは喜んでユングを迎え入れた。両者の初めての邂逅において交わされた対談は10時間を超し、以後両者は互いに親しく手紙で近況や抱負、意見を伝えあった。 しかし、数年の交流のうちに、両者の志向性の違いが次第に浮き彫りになってきた。フロイトは無神論を支持したが、ユングは神の存在に関する判断には保留を設けた。またユングはフロイトとアドラーの心理学を比較、・吟味し、両者の心理学は双方の心性の反映であるとし、外的な対象を必要とする「性」を掲げるフロイトは「外向的」、自身に関心が集中する「権力」に言及するアドラーは「内向的」であるといった考察をし、別の視点からの判断を考慮に入れた。 ユングは歴史や宗教にも関心を向けるようになり、やがてフロイトが「リビドー」を全て「性」に還元することに異議を唱え、はるかに広大な意味をもつものとして「リビドー」を再定義し、ついに決別することとなった。[2]ユングは後に、フロイトの言う「無意識」は個人の意識に抑圧された内容の「ごみ捨て場」のようなものであるが、自分の言う無意識とは「人類の歴史が眠る宝庫」のようなものである、と例えている。ユングの患者であった精神疾患者らの語るイメージに不思議と共通点があること、また、それらは、世界各地の神話・伝承とも一致する点が多いことを見出したユングは、人間の無意識の奧底には人類共通の素地(集合的無意識)が存在すると考え、この共通するイメージを想起させる力動を「元型」と名付けた。また、晩年、物理学者のウォルフガング・パウリとともに共時性(シンクロニシティー=意味のある偶然の一致)の概念を提起した。ユング心理学の特徴詳細は「分析心理学」を参照ユング心理学(分析心理学)は個人の意識、無意識の分析をする点ではフロイトの精神分析学と共通しているが、個人的な無意識にとどまらず、個人を超える集合的無意識(普遍的無意識)の分析へと段階を移し、能動的想像法も取り入れられる。能動的想像法とは、自発的な心的構えを準備して待ち、イメージが表れるのを促すものであり、思考よりもイメージ化を得意とする芸術家等に勧められた。ユング心理学は、他派よりも心理臨床において夢分析を重視している。夢は集合的無意識としての「元型イメージが日常的に表出している唯一の現象」でもあり、また個人的無意識の発露でもあるとされる。夢の分析はフロイトが既に重視していたことであった。しかしユング心理学の夢解釈がフロイトの精神分析と異なる点は、無意識を一方的に杓子定規で解釈するのではなく、クライアントとセラピストが対等な立場で夢について話し合い、その多義的な意味・目的を考えることによって、クライアントの心の中で巻き起こっていることを治癒的に生かそうとする点にある。ユングはフロイトとの決別以後、しばらく方針を探しあぐねていたが、それでも治療を続け、徐々に、クライアントが無意識の流れに沿って語るに任せること自体が、治療的な意味をもつのだと見いだすに至った。また、彼が以前から抱いていた、古代への学問的好奇心に端を発した神学的な知識も、応用された。ただ、彼は人生の方向を決めるのは自分ではなく、クライアントであるとし、クライアントの無意識的諸力の創造性を信頼した。ユングは、東洋哲学からも影響を受けている。特に、任地の中国で東洋哲学の影響を受けたキリスト教宣教師リヒャルト・ヴィルヘルムに出会い、その影響を深めた。 実際、ヴィルヘルムとの共著には、中国仏教に関して次のような記述もみられる。「私の患者には、一人の中国人もいなかったのですが、彼らの心的発展を研究して得たものは、何千年来東洋の最もすぐれた精神の持ち主たちが苦労して切り開いた教えと実によく対応していました。」また、日本のユング心理学はその心理臨床において箱庭療法を積極的に取り入れたことでも知られている。ユング心理学は芸術的・宗教的色彩の濃い題材に切り込んでいったため、分析的・科学的でないと評価される事も多いニューエイジ運動に影響を与えたが、これらの運動のなかには、ユングの考案した概念や用語を流用しているものの、ユングの理論とは異なる自己解釈を展開している事例もよく見られる。ユングは宗教に心理学的な考察を加えたが、あくまで個人の内的な経験という側面における価値を認めるというものだった。彼は宗教組織のドグマや集団化には強い懸念を表明している。ドグマは個人の内的体験から注意を背けてしまうきらいがあり、また集団化はル・ボンの群衆心理に照らし合わせてみても、むしろ個々の道徳的水準を低下させるものだとした。一方で彼は宗教を考察の対象から外すことにも疑問を呈した。彼は諸々の宗教の中に、無意識の象徴的表現をしばしば見いだした。ナチズムや反ユダヤ主義の勃興に対する姿勢ナチスが政権を取った1933年、ドイツ精神療法学会が改編されることになりヒトラーに反対したユダヤ人のエルンスト・クレッチマーがその会長を辞任。新たに設立された国際精神療法学会の会長にユングが就任した[3]これをもって、ユングはナチスに加担してクレッチマーを追い落としたと一部に言われた。 後にユングは精神療法という学問分野を守りたかったので非ユダヤ人である自分が会長職を引き受けたと述べている。 彼は実際、ナチスからの影響を逃れるために国際精神療法学会の本部をスイスのチューリッヒに移し、ドイツ国内で身分を剥奪されたユダヤ人医師を国際学会で受け入れ、学会誌にユダヤ人学者の論文が掲載されるように図ってもいる。けれども、ナチスが国際精神療法学会に干渉してナチスへの忠誠を誓うマニフェストが学会誌に掲載されたために会長のユングは激しく非難された。ユングはこの非難に対しては即座に反論したものの、今日に至るまでユングとナチズムとを関係づけ、非難する意見は存在する。しかし、ユングはユダヤ系の師フロイトにも支援の意図について打診[4]しており、長年にわたってユングの秘書を務めたユダヤ人アニエラ・ヤッフェによれば、「ナチスへの対応には甘いところがあった」が、ユングはナチスの反ユダヤ人政策には明確に反対しており、ユダヤ人のドイツ脱出支援活動にも関与していたようである。[5]また、ユングが戦前において、人々の群衆心理への傾倒、及びそれに伴う暴力性の発現に対して警鐘を鳴らしていた記録[6]や、ヒトラーに関連した事象がもたらす危険性について警告していた記録[7]も残っている。ユングと超心理学ユングはその学位論文『いわゆるオカルト的現象の心理と病理』において、従妹ヘレーネ・プライスヴェルクを「霊媒」として開かれた「交霊会」を扱ったこと(ただしこの論文では神秘的要因ではなく精神の病理的状態に帰されている)、また錬金術や占星術、中国の易などに深くコミットしたことにより、オカルト主義的な傾向を見て取られ、また新異教主義的な人々からその預言者とみなされる傾向がある。これにはおそらく母方のプライスヴェルク家が霊能者の家系として著名だった出自も影響していると思われる。また「集合的無意識」や「元型」などの一般の生物学の知見とは相容れない概念を提起することによって、20世紀の科学から離脱して19世紀の自然哲学に逆戻りしてしまったという批判がある。[8]。またフロイトもユングとまだ訣別する前に、「オカルティズム」を拒絶するよう強く求めた[9]。一方で、ユング自身は、夢に見られる元型に関して、遺伝に関連づけて言及していたくだりがある(『分析心理学』)。無意識に蓄えられている遺伝情報は莫大であり、人の心性がそれを基礎にしているからには、その生み出すものも、その起源をはるか過去に遡ることができるとする解釈も可能であり、遺伝情報内の大量の経験データの中には、人に平均して訪れる体験の体系も含まれていると考えた場合、元型の普遍性も説明できるであろう。また、そうした無意識内容を生み出す傾向、というユングの説明の付与は、人間が普遍的な基盤に立脚しながらも、決して固定された構造ではなく(これが生物学的な本能にしばられた動物と違う点である)、変化の可能性を秘めていることを示唆している。無意識と意識の調停作業はユングの言う「個体化」に結実する。ただし19世紀末から20世紀初頭の状況は、一方では精神医学を極めて機能主義的に捉えることのみが科学的であり「心の治癒」といったものを語ることは出来ないという流れがあった一方で、アカデミズム以外でオカルティズムの大流行があったのみならず、ウィリアム・ジェームズのような学者も心霊主義の実験に乗り出すなど、心の問題に関するアプローチは現在以上に定まらないところもあった[10]。こうした問題に関してユングに批判的であったフロイトも、そもそも性理論を打ち立てるのはオカルトの「黒い奔流」に対する「堅固な城塞」を築かねばならないからだという動機を口にしており[11]、こうした問題に必ずしも安定した姿勢で臨んだばかりいたわけではなかった。またユング自身はきわめて厳格に学問的な方法論を意識して研究を進めていたという主張もあり[12]、こうした点について決定的な評価を下すことはまだ難しいといえる。著作ユングの著作は、『ユング全集』にほぼ全ての重要な論文(単行本を含む)が網羅されている。全二十巻の構成となっている。ドイツにおいて、『 Gesammelte Werke von C. G. Jung 』 (Walter Verlag) として出版されている(「GW」 と略する)。英語版は、ユングの監修の元に翻訳が行われている(『 The Collected Works of C. G. Jung 』)。代表的な著作としては、以下のものがある。『転換のシンボル』 Symbole der Wandlung, 1912, +1950, GW Bd.5.『心理学的類型』 Psychologische Typen, 1921/1950, GW Bd.6.『心理学と宗教』 Psychologie und Religion, 1940/1962 (GW Bd.11).『アイオーン』 Aion, 1950, GW Bd.5-2.『心理学と錬金術』 Psychologie und Alchemie, 1944/1952, GW Bd.12.『ヨブへの答え』 Antworf auf Hiob, 1952/1967 (GW Bd.11).『結合の神秘』 Mysterium Coniunctionis, 1955/1956 GW Bd.14.脚注^ 後の心理学者としての著作に、ゲーテの「ファウスト」やニーチェの「ツァラトゥストラはかく語りき」への言及も多くみられる。^ ユング著「リビドーの変容と象徴」(1912)にフロイトは難色を示したが、ユングは学問的な視野の拡大化をはかる意味合いを著書に持たせていた。^ エレンベルガー、1980年、下、308頁。^ ただし、これに関してはフロイトに「敵の援助を受けることは出来ない」と拒まれている。^ 以上の記述は、河合隼雄『ユングの生涯』第三文明社レグルス文庫100、1978年、pp.52-56に基づく。ヤッフェの評論については平田武靖「ユンク心理学の系譜 -ユンク・ナチス・ユダヤ人-」、『is No.1』ポーラ文化研究所、1978年で紹介されている。^ C.Gユング『自我と無意識の関係』、人文書院、p.51,52以下。原文は1928年発表された。^ C.G.ユング『ヴォータン』、1936。 ヒトラーに関して、扇動される群衆および扇動者自身の熱狂を指摘し、事態の危険性をユングは警告している。^ リチャード・ノル 1998:201-2,382-3,415-7頁^ 『ユング自伝』1、みすず書房、1972年、p.127。^ 上山1989:483,488-491頁。^ 『ユング自伝』。^ 林道義『ユング思想の真髄』朝日新聞社、1998年。参考文献C.G.Jung , R.F.C.Hull(trans.),'Symbols of Transformation',Princeton/Bollingen PaperbacksISBN 0-691-01815-4C.Gユング『自我と無意識の関係』野田  あきら訳、人文書院、1982年。ISBN 4-409-33010-1C.Gユング『現在と未来』松代洋一編訳、平凡社、1996年。ISBN 4-582-76171-2上山安敏『フロイトとユング - 精神分析運動とヨーロッパ知識社会』岩波書店、1989年。アンリ・フレデリック・エレンベルガー、『無意識の発見: 力動精神医学発達史』木村敏・中井久夫訳、弘文堂、1980年。小俣和一郎 『精神医学とナチズム―裁かれるユング、ハイデガー』講談社/講談社現代新書,1997年,ISBN 4061493639リチャード・ノル『ユング・カルト』月森左知・高田有現訳、新評論、1998年。リチャード・ノル『ユングという名の<神>』老松克博訳、新曜社、1999年関連項目ウィキメディア・コモンズには、カール・グスタフ・ユングに関連するマルチメディアがあります。分析心理学集合的無意識元型-アニマコンプレックスシンクロニシティ精神分析-ジークムント・フロイトヘルマン・ヘッセ河合隼雄林道義秋山さと子湯浅泰雄ローレンス・ヴァン・デル・ポスト 「http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%B0%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%95%E3%83%BB%E3%83%A6%E3%83%B3%E3%82%B0」より作成カテゴリ: 分析心理学 | スイスの医学者 | スイスの心理学者 | 精神科医 | 心理学者 | 1875年生 | 1961年没

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司法書士が1千万円流用、その後自殺(産経新聞)

司法書士が1千万円流用、その後自殺(産経新聞)

 東京司法書士会(小村勝会長)に所属する司法書士の男(48)が、数人の顧客などから預かった1千万円以上の現金を私的に流用していたことが15日、分かった。同会が明らかにした。男は今月4日、千葉県内の自宅玄関で首をつって死亡しているのが見つかった。

 同会によると、男は親しかった司法書士らにあてた遺書の中で、約1170万円の流用を告白。先物取引の損失の穴埋めに使ったと説明していたという。

 同会はその後、流用の事実を確認。男は遺書の中で成年被後見人の財産からも流用したことを認めているという。同会では、横領容疑で男の刑事告発も検討している。

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民主・山岡氏の「日米中正三角形論」をめぐる上海での講演要旨 (産経新聞)

民主・山岡氏の「日米中正三角形論」をめぐる上海での講演要旨 (産経新聞)

 日中関係は戦後もっとも良好に進んでいるのではないか。小沢一郎幹事長と胡錦涛中国国家主席の会談でも確認されたが、日本と中国と米国の関係は正三角形の関係であるべきだ。

 米国と日本の関係は基地の問題で若干ぎくしゃくしているのは事実だ。まず日中関係を強固なものにし、正三角形を築けるよう、米国の問題を解決をしていくのが現実的プロセスだ。

 冷戦も終わったので、新たな日米関係を築いていかなければならない時期にきている。このまま進めば、長期的に見て難しい局面が(日米に)出てくる可能性は否定できない。日米同盟(の問題)を解決し、日中関係をしっかりと構築して、近い将来、健全な日米中の正三角形体制が築かれていくべきだ。

 東アジア共同体は、特に日中韓の共同体を強化して、米国も含めた世界平和の核にしていくべきではないか。

 小沢幹事長が梁光烈(りょう・こうれつ)国防部相と会談し、中国の軍事費の増大に対する懸念が、日本を含めた近隣諸国で強まっている事実を伝えた。この事実をよく認識してほしい。(上海 原川貴郎)

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大規模マンション

大規模マンション(だいきぼマンション)とは、一般的に総戸数が100~300戸を超える住居用集合住宅のことである。「大規模」とは、法令では、建築基準法や建築基準法施行令などで、構造部の材料や建築確認に関する条文に定義の記述が見られるが、様々な定義がある。[編集]日本の大規模マンション第二次世界大戦後の日本では住宅不足対策の為、日本住宅公団が大規模な住宅供給を実施している。それらは、マンモス団地と呼ばれる。現在は、民間分譲業者が多数の大規模マンションを供給している。大規模マンションのメリットは豊富な共有施設(マンション)、広大な敷地面積を利用した緑化などが挙げられる。[編集]大規模マンションの例ワールドシティタワーズ(単一事業主一団地認定民間分譲マンションにおいて日本最大、地上42階建、2090戸、無料携帯ホームページ都港区)(2007年2月竣工)ザ・タワー&パークス田園都市溝の口(地上32階建、648戸、神奈川県川崎市)(2007年6月2日)2008年2月時点での全国の大規模マンションの戸数の順位は以下の通り。順位名称所在戸数1位THETOKYOTOWERS東京都中央区2799戸2位ワールドシティタワーズ東京都港区2090戸3位レイディアントシティ横濱出会いランキング県横浜市1805戸4位ガーデンアソシエ神奈川県横浜市1502戸5位パークシティ豊洲東京都江東区1481戸6位ユトリシア千葉県出会いランキング市1458戸7位パークシティ武蔵小杉神奈川県川崎市1437戸8位ワンダーベイシティサザン千葉県船橋市1211戸9位M.M.TOWERSFORESIS神奈川県アルバニア語で日本のニュースを読む市1206戸10位Wコンフォートタワーズ東京都江東区1149戸11位アイムタワー埼玉県富士見市1108戸12位芝浦アイランドケープタワー東京都港区1095戸13位ライブチャット有明東京都江東区1081戸14位シティタワーズ豊洲東京都江東区1063戸15位東京テラス東京都クレジットカード現金化 比較区1036戸16位タイムズ・ピース・スクエア大阪府大阪市1000戸日本最小人口の市:北海道歌志内市(5,221人、2,335世帯)日本最小人口の町:山梨県無料携帯ホームページ町(1,534人、763世帯)日本最小人口の村:東京都青ヶ島村(214人、131世帯)[編集]関連項目超高層マンションマンション「http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E8%A6%8F%E6%A8%A1%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3」より作成カテゴリ:住宅|マンション

[宙博2009]腹が減っては戦はできぬ! グルメ宇宙食と宇宙酒




やっぱり日本人はごはんにラーメンです。

宇宙食といえば無味乾燥なチューブ状のものと相場が決まっていたのも今は昔のこと。国際宇宙ステーションでの長期滞在に対応して今では品揃えも豊富になってきました。おにぎり鮭、しょうゆラーメン、シーフードラーメン、お吸い物、卵スープ、イワシのトマト煮、ビーフカレー、白飯、白がゆ、粉末ウーロン茶、マヨネーズ、カゴメソース、黒飴などなど。





そして宇宙を旅した酵母で作った宇宙酒「土佐宇宙酒」がついに登場です。佐渡先生が泣いて喜びますね。





宇宙を旅した乳酸菌で作ったヨーグルトもありますがお味はどうなんでしょう、どう違うのか興味が沸きますね。お酒とヨーグルトは物販コーナーで販売中ですので、是非どうぞ。





[宙博ソラハク2009]

(野間恒毅)
 

小泉ジュニアと「海軍カレー」ランチに応募殺到

 自民党は新企画として、議員と行く見学ツアー「みんなで行こうZE!!」の第1回を、12月13日に開催する。今回は「海上自衛隊横須賀基地見学ツアー」で、ツアーナビゲーターは小泉純一郎元首相の次男である小泉進次郎衆議院議員が務める。

 このツアーは横須賀基地内部や艦艇内を見学し、自衛隊の業務や施設についての説明を受け、安全保障問題について考えるというもの。小泉議員と一緒に横須賀名物の「海軍カレー」を食べるランチタイムもある。

 党の公式ホームページで参加者を募集。募集人数は50名で、締め切りは12月3日(木)12:00。小泉議員の人気のおかげで反響が大きく、応募が殺到しているという。 ■YUCASEE(ゆかしメディア)で人気の記事
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